勘違いだらけの「人への投資」
- ナカジマ

- 1 日前
- 読了時間: 6分
最近になって「人への投資」や「人的資本経営」という言葉をあちこちで耳にするようになりました。
多くの企業が、社員の成長のために多額の予算を割いて様々な施策を打っています。
人・モノ・金・時間という4つの経営資源のうち、人を強化・育成することを最も重視する企業が増えています。
例えば、最新のAIツールやアプリの導入。
充実した研修や外部セミナーの受講。
ビジネス書の配布や、快適なオフィス環境の整備等です。
「我が社はなにより人に投資している!」と胸を張る経営者は少なくありません。
しかし、その一方で、5年、10年と経った後、彼らの口からこぼれるのはこんな嘆きです。
「あれだけ投資したのに、社員が育っていない」
「自分で考えて動けるリーダー候補が一人もいない」
この矛盾は一体、どこから来るのでしょうか。

「人への投資」と「道具への投資」の混同
結論から言うと、多くの企業が「人への投資」だと思い込んでいる施策の大半は、実際には「人が使う道具(モノ)への投資」に過ぎないということです。
知識やスキルの習得、あるいは最新ツールの導入。
これらは確かに重要ですが、あくまで社員が使う「道具」を配っているだけです。道具がいくら最新になっても、それを扱う「人そのもの」の思考習慣が変わらなければ、現場での成果は期待できません。
さらに言えば、昨今は知識やスキルがAIやSaaSによって瞬時に代替され、均質化されてしまう時代です。
どんなに最新のノウハウを研修で学んでも、半年もすれば陳腐化し、あるいは職場の日常の忙しさに飲み込まれて忘却してしまいます。良さそうな道具は次から次へと出てきますので。
これからは、最後までコモディティ化しない競争力の源泉は、AIには代替できない人間力です。すなわち「非認知能力(責任感、実行力、決断力、求心力、胆力、積極性等)」の強化なのです。
非認知能力を鍛える「反復修練」の具体像
では、この非認知能力はどうすれば鍛えられるのでしょうか。
予め理解して頂きたいのですが、この能力はそんな短期間で身につくものではありません。
最新のロジックや短期のセミナーで手っ取り早く身につきません。人間の脳は100年前から大きく進化しておらず、道具が進化したところで、人の脳(非認知能力)を鍛えること自体には王道や近道など存在しないのです。
頭で覚えたところで「身につかない」のです。
おそらく唯一となる道は、地味でシンプルな「基礎の反復修練」です。
落語の弟子や、昭和初期に見られた書生等に似ていますが。地道なプロセスの繰り返しで時間だけが唯一の解決策になるのです。
ビジネスシーンにおける反復修練とは、例えば次のようなものです。
【スタンス提示の千本ノック】
上司に相談・報告をする際、「どうしましょうか?」という指示待ちを一切禁じます。必ず「私はこうすべきだと考えますが、よろしいでしょうか」と自分の決断をセットにさせます。
上司はすぐに答えを与えず、「なぜそう考えた?」「失敗したらどう責任を取る?」と問い返し、成功率が50/50の状況で自ら決断するプレッシャーを日常的に体験させます。
【「約束とズレ」の徹底的な言語化】
タスクの期限や質が1ミリでもズレた時、「次から気をつけます」という言い訳を許しません。「見積もりの甘さか、アラート出しの遅れか」と、思考のプロセスのどこにエラーがあったのかを執拗に言語化させます。自分では見過ごす数ミリのズレを許さず、毎回指摘し続けるのです。
【「Whyの言語化」の反復】
人に依頼をする際、作業内容(What)だけでなく、「なぜあなたに頼むのか(Why)」を必ず自分の言葉で添えさせます。相手が気持ちよく動く文面になるまで、上司が何度も書き直させます。
こうした泥臭い反復修練の継続だけが、「正解を探す思考」から「自ら決断し、責任を背負い、人を動かす思考」へと脳の回路を強制的に書き換えるのです。
昭和の根性論との明確な違い
ここまで読んで、「それは昔ながらの昭和の精神論ではないか」「パワハラの温床になるのでは」と直感的に感じた方もいるかもしれません。
確かに、「圧倒的な反復」や「中学生レベルの基礎動作」という言葉だけを切り取れば、かつての「見て盗め」「気合と根性で乗り切れ」という暴力的なやり方を連想するのも無理はありません。
しかし、私が提唱するのは人格否定の根性論とは対極にあるものです。
パワハラとは、相手の自尊心を奪い、上司の顔色をうかがわせるための安易な手段です。
一方で、正しい反復修練は「相手への敬意と承認」が大前提です。相手をプロとして認めるからこそ、無意識に「楽な方」へ流れる自己流の甘いクセ(=ズレ)を、厳しい基準を持ったプロ(師匠)がリアルタイムで矯正し続けるという極めて科学的で計画的なプロセスなのです。

「師匠」がいないという現実問題
「理屈はわかるが、うちの会社にはそんな微差を指摘できる『師匠』のようなマネージャーはいない」
「エース社員は自分の実務で忙しすぎて、そんな時間は到底取れない」
これが、多くの企業が直面する現実的なボトルネックです。
日常の業務に追われる中で、部下の日々の言動を観察し、細かく矯正し続けるのは至難の業です。
だからこそ、経営資源の配分(投資ポートフォリオ)を根本から再設計する必要があるのです。
効果の薄いツール導入や、一過性のセミナーにかけている予算と時間を大胆に棚卸しし、それをそっくりそのまま「人間力の反復修練」に振り向ける決断です。
社内に師匠がいないのであれば、外部の専門家を導入して基準を引き上げるのは有効です。
あるいは、社内で「師匠」となる人材を数名選抜し、彼らの実務負荷を減らしてでも評価者・指導者としての育成に専念させる。
上司が基礎動作をチェックし続けるための時間を確保し、評価制度と紐付ける等です。
これこそが、ヒト・モノ・カネ・時間の正しい配分であり、「人に投資する」ことの本来の解釈です。
本質から逃げていないか
人間は無意識のうちに「楽な方」へ流れる生き物です。
「決断しない」「言い訳をする、」「相手の気持ちを考えない」等です。
この自己流の甘いクセを正すという、最もエネルギーのかかる根本的な「人への投資」から逃げて、手っ取り早くSaaSツールや数日間の研修という表面的な「モノ(道具)への投資」で解決しようとしている。
だから、10年間一緒に机を並べても、予算をかけて研修に参加させても社員が育たないのです。
「人が変わらなければ成果は出ない」これは確かに言葉としては誰でも言えます。
しかし、これをブレずに貫き、「人が使う道具」への投資をすることで逃げることなく「人」への投資に圧倒的な時間と予算をかけて実践している企業はどれだけあるでしょうか。
あなたの組織は、本当に「人」に投資していますか?
それとも、手軽な「モノ(道具)」への投資で満足していないでしょうか?
最後までお読み頂きありがとうございました。




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