top of page

「好きなことは続けられる」の誤解

更新日:2023年8月8日


よく聞くことですが、続けられることは好きなことなのでしょうか?

継続していることは本当に「楽しい!」と感じているのでしょうか?


これらの問いは、この歳でなおモヤモヤしている問いのひとつです。


というのも、僕にも数十年続けていることがいくつかあるのですが、それらは必ずしも好きだと実感できるものばかりではないからなのです。


一方で、次のような質問はどうですか。


①お酒は何が好きですか? ②珈琲の好みは? ③好きな映画は?


以上の①〜③の問いには、多くの人が答えをもっていて、モヤモヤすることなく独自の論理を語ることができる気がしています。


これらは一体何を示しているのでしょうか。



「好き」を2つに分けてみた

普段使っている言葉の「好き」には、いくつか違う意味があるというのが僕の見解です。


ひとつは、意識として「好き」だと感じる状態です。

これは、自分なりの論理で「好き」だと認識している状態です。好きな俳優や好きなアスリートのことをイメージしてみると理解できると思います。


これは自分の論理を前提としているため、その前提条件が変わった瞬間に好きだったコトが意識せずとも嫌いに変わります。


大好きだった人にお金やドラッグの疑惑が報じられた瞬間に、大好きが一気に大嫌いに180度傾いてしまったことはありませんか?


裏切られた!と失望した時がこれに当たります。



もうひとつは、論理では説明できないレベルでの「好き」です。

感覚的に好きだと感じることです。


トマトは好きですか?嫌いですか?

これは誰かに栄養素や価値について雄弁に説得されたり、お金を積まれたりしても変えることはできないと思います。好きになったフリはできるでしょうが。

また、妻や家族のことは好きだけど「どこが好き?」と聞かれると正直答えに窮するものです。その上、犯罪を犯したからといって嫌いになるかと言うとならないと思います。


さらに具体例をもうひとつ。


僕の場合「野球が好きなんだね?」と問われると現役当時は答えに困ったものです。

野球は小学2年時にはじめて17年間、最後は海外でマイナーの選手達とプレーしたスポーツで自分にとっては大切な存在です。大けがをしても続けました。


でも、現役当時に「好きなの?」と聞かれても「好きです。」とは答えなかったはずです。

アスリート仲間で、この感覚に共感してくれた人は多くいました。

これは説明するのが難しい感覚です。



「好きだけど続かない」ことの構造

以上のように、「好き」には論理で説明できる好きと、意識の上では好きだけどそれを説明できない感覚的な好きとがあるのではないかと思っています。


④家族のどこが好きですか?

⑤トマトのどこが好きですか?


こう聞かれると、相手が納得するような説明をするのは実に難しいものです。


ドラマ等でありそうな「仕事と家族とどっちが好きなの?」という台詞がありますが、この質問をされると比較することですらない話だと論破したくなりますよね。


相性とか、なんとなくとか、そもそも好きかどうかの自覚もない感覚的なコトとか、これらのレベルで好きなことは、冒頭のように前提条件が変わったとしても「好き」であることは変わらないのでしょう。


このように「好き」という概念は本来ひとまとめにはできないのに、コミュニケーションの前提として「好き」という言葉の概念が一つであるかのように使われるのでモヤモヤするのだと思います。


「好きなことは続けられると聞いたのに、私はなぜか続かない!」と悩む人や、「特に好きというわけでもないし、苦しいことばかりだけどなぜか続けられる」とモヤっとした人がいるのは自然なことで、どちらもあり得ることなのだと。


「継続できること=好きなこと」

「好きだから継続できる」

といい切れるほど継続できる理由はシンプルではないと思います。


そして、僕は誰の役にも立ちそうにない、このような不毛な哲学を時々語るのがなぜか好きなのです。



継続できていることはやめられないだけ

そうとは言え、好きだから続けられるコトも確かにあります。それでも、自分に置き換えてみると、続けているコトのほとんどは好きだからというよりむしろ「やめられない」からだと感じています。


やめられないというのは、やめることが不可能だという意味ではなく、直感的にやめたくないという意味です。


やめようと思えばいつでもやめられることで、長く続けられることは少ないです。

自分の「続けるぞ!」という意志だけで長い間継続することの難しさをこの歳で再認識しています。


だから、色々なことを継続できてすごいですね!と言われても、本人はピンとこないのです。


努力して継続しているというよりむしろ、禁止をされても影でこっそりやってしまうほどやめられないことだから続いているのです。意志の強さや絶え間ぬ努力を自覚したことはありません。


また、続けていることのほとんどが、当初は続けることを目的にはじめたわけではありません。なんとなくはじめたら気づいていたら続いていた、という結果でしかないのです。


数十年も継続することができていることは、少なくとも僕の場合は、そのレベルのことだけです。


みなさんは自分の努力と意志の強さで継続できていることはありますか?



最後までお読みいただきありがとうございました。


閲覧数:37回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page